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ソロでは3回目、昨年3月の武道館以来のIngrid Fujiko V. Georgii-Hemmingさんのコンサート。武道館では「熱情」を感じたが、今回は「情念」を感じた。そして、1年前とは『弾き方が変わったな』と思った。単純に言えばスローになり、十八番の「ラ・カンパネラ」は、とても丁寧に音を乗せていた。私は、この曲を聴き終えて、しばらく動けなかった。 会場のエントランスから(いつもの弟さんの売り子姿を避けたくて)足早に席に着いた。今回は初めて、全く指先が見えない席。 第1部はドビッシー、ショパン。第2部はお得意のリスト中心のメニュー。「ハンガリー協奏曲」の代わりのように「華麗なる大ワルツ」が入っている。8,9割方が定番曲。 いつものように個性的な衣装で登場したフジ子さんだったが、弾き始め‥私は不安を募らせた。フジ子さんの生演奏にミス・タッチは付物(苦笑)、と言うか、今まであまり気になったことがない。(それ以上に感動が上回ってしまうからだ。) しかし、今回、最初の2曲で、それが気になってしょうがない。『音が滑り過ぎる』(彼女のジレンマを想う)。 でも、「雨の庭」では落ち着きを取り戻す。(2/3くらいは目蓋を閉じて聴いていたのだけれど、)頭の中で音符が螺旋を描くように綺麗に流れてゆくように感じたから。 その後のショパンで一番心を揺さぶられたのは「木枯らし」。やっぱり、これは凄い!以前のように上半身を鍵盤に預けるような弾き方はしていないが、充分に力強い。 勇気があったなら、私も「ブラボー!」って言いたかった。(代わりに言ってくれた方に感謝。) 第2部のリストでは、(パガニーニによる大練習曲 第6番)「主題と変奏」の叙情性に胸を打たれる。パガニーニが居て、リストが居て、そしてフジ子さんが居る。リスト好きの私には、なんとなく、そんな風に思えてしまう。 「愛の夢」を聴きながら、こんなにも頑張るフジ子さんが愛おしくてしょうがない気分になる。 *1999年に日本に大ブームを巻き起こしたフジ子さんは、最初の頃の奏楽堂でのコンサート(写真は私からのファンレターへの返信に同封してくれた奏楽堂演奏会のパンフ。そして右端には自筆の走書き)などから、多くの友人達(F・ヘミング会)に支えられて来た。その高齢な友人達が少し頼りな気な字で書き送ってくれる演奏会の通知に、私は毎回とても感動したものだ* そして、やはり「ラ・カンパネラ」。聴きながら湧き上がる特別な感情。 *後日、ユンディ・リの同曲の演奏をCDで聴き直してみたのだけれど、彼の凄腕のテクニックを武器に奏でられる、表現力豊かで素晴らしいカンパネラよりもフジ子さんの演奏に酔ってしまうのは何故だろう?1年前に比べて、少し薄くなったと感じる音色でさえ* 冒頭に「情念を感じた」と書いた。 彼女の年齢と、素朴な暮らしからすると、余りある精力的な活動を続けるフジ子さん。私は、たぶん、それは彼女の意志から来るものだと思う。彼女を求める観客の元へ、彼女は向かい続けようとしているのだ。何十年にも渡り失われた観客との交流を必死で取り返そうとするみたいに… 「ブラボー!フジ子さん。また、お逢いできますように…」 * - * - * 【サントリーホール 2000.4.9】感想から 黒いドレスに白い大きな花がぽつりぽつりと散りばめられたドレス、60歳を過ぎたとは思えない白く美しい背中を大きく見せて、とてもフォーマルな感じ。ヨーロッパを渡り歩いてきた時間と心の積み重ねを見るようだ。 右肩には愛用の蝶々のブローチが静かに七色に光を湛えている。 10個のシンプルでゴージャスなシャンデリアが釣り下げられてたステージ、マンモスの牙を思わせるような圧倒的な存在感を誇るホルンを携えた、世界一と言われるパイプオルガン。きらびやかな そのステージに、フジ子さんは、浮きもせず、威圧感もなく、自然に居る。 客席の拍手が収まり、自分の気持ちを落ち着かせ、演奏は始まる。 最初のメニューはよく判らない。「グラナダの夕べ」の辺りだろうか? 胸に迫ってくる中音域の音に始終圧倒される。腹の底からあふれてくる感情が、表層の意識を介さずに涙となって瞳をうるまし続ける。曲そのものも、とても美しく、気品も兼ね備えた官能美を感じさせるほどだ。 そして同じく、ドビッシーの「月の光」。私の記憶にある、神秘さが前面に押し出されたものとは違う。 もっともっと身近な、自宅の窓辺に(まるで)昼下がりの少しゆるい太陽の光を思わせるような大らかな月の光。TVの中、自宅でタバコの煙をくゆらせながらピアノを弾く姿が重なる。完璧にフジ子さんのスタイルになっている。 「ラ・カンパネラ」速い!とにかく・・・ やわらかくふくらんだ甲の美しい手、その指先が滑るように鍵盤を行き来する。鳥、いやハチ鳥のような、細やかさだ。今まで聴いた中でも最速だろう。すごいテクニックとしか言いようがない。もう少し穏やかな方が好きだと思うが、その完成度の高さを目の当たりにして十分満足! 休憩前の最終曲ということもあって、今日初めて「ブラボー!」のかけ声、そして息をのんで見つめていた客席が我に帰り、感嘆の拍手である。 休憩を終えて、今度はウェディングドレスのような柔らかそうで真っ白な衣装。そこにアップした髪に一輪の赤い花を飾り、入場。 「木枯らし」これも速い曲。ここまで弾いてきて疲れをほとんど感じさせない。 この頃になると、1曲1曲拍手が沸き上がり、その度に椅子を立って、丁寧に客席に頭を下げ、それから右手を左肩に沿わせて会場に目を配る。人柄が偲ばれる。ここでも「ブラボー!」の声。 「別れの曲」 フジ子さんの、抑制のきいた、しかし決して冷たさのない、この弾き方。大好きである。思い出をいたわり、未来もきちんと見据えるような・・・とにかく好き。 「革命」個人的には、これが一番印象的だった。 少し速さが失われつつある中、かえって、その間(ま)が曲のイメージを豊かにする。 革命の荒々しさに増して、そこに庶民の普通の暮らしが呑み込まれている、そんな背景が自然と浮かび上がってくるような感じ。素晴らしい表現力だと思った。 アンコール4回、5曲。調子が良かったのも手伝って、何度も何度もピアノの前に戻ってくれる。期待していないだけに、喜びが毎回ホールを包み込み、そして優しく広がってゆく。 途中で小学校高学年くらいのボーイッシュな感じの女の子が、客席中断から駆け降りてくる。「花束贈呈?」客席も、そしてきっとフジ子さんもそう思う視線の先で、その子はスッと手を差し出した。 少しびっくりしたように、しかし、ステージからかがみながら、その手を握るフジ子さん。なんて素敵なシーンだろう。 4回目のアンコールの後、ホールに明かりが戻り、充足した観客席は静かに、それを受けとめ、席を離れてゆく。本当に素晴らしいコンサートだった。とにかく中音の響きがCDとは格段に違う気がした。 ずっと見えていた右手が美しく、力強く、視覚からもぐんぐんイメージが広がってゆくようだった。そして、フジ子さんは、とてもチャーミングだった。 ステージのソデに戻ってゆく姿(片足を少し引きずるように体を揺すりながら)が、いかにも気取っていなくて、「ピアノが大好き」それがこの人の今を造っている、そんなふうに思えた。 『本当にありがとうございました。一生の宝物を確かに受け取りました。』 『ブラボー!フジ子さん、愛すべき人。』 |
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イングリット・フジコ・ヘミング ソロリサイタル
今朝の「題名のない音楽会」のゲストがフジコ・ヘミングだった…ことは すでに書いた。実は、今日の午後、年上の友人とともにソロリサイタルに行 くことになっていたので、いいタイミングだった。放送の中でも聴いた、ラ・カ ンパネラを生で聴きたいと思った。 会場の「りゅーとぴあ」の駐車場で、ウグイスの声を聴いた。とても澄んだよい 声で、思わずケヤキの木の間を探すと、小枝色のかわいい姿を見つけた。もう 一度、鳴いてくれた。今年初めてのウグイスだった。 さて…すごい人出である。この混み方はこ ...続きを見る |
右腕をきたえたい 2006/05/14 06:40 |
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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Cacaoさんの感想が読めて、本当にうれしかったです。私の席からは、彼女が花束を受け取るところや |
nokogirisou URL 2006/05/14 06:50 |
情念…たしかに感じました。間がとても重要だと |
nokogirisou URL 2006/05/14 16:55 |
nokogirisouさんへ(ありがとう、二通も) |
Cacao 2006/05/14 22:50 |
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