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久々に演劇のTV鑑賞。堤真一、小泉今日子、松尾スズキなど豪華キャストの共演で見せる「わかろうとすると難しい」(作・演出のKERA談)作品。KERA氏の「映画や演劇はストーリーを求められがち。美術観賞のように感じるだけであってもいいのでは?」のようなコメントに、大いに頷きながら、そこに私が映画よりは演劇を好む傾向にある理由がある様に思えた。 人間の様々な「危うさ」を映し、「笑い」の中に潜む「コミュニケーション」から「共通意識」を問い、探ろうとでもするような革新的な作品の中へ、芸達者な役者達に引かれて、沈み込んだ。 映画より演劇を好む傾向にあるのは、私がストーリー以上に「役者を見てしまいがち(感じ入ってしまいがち)」ということでもある。その点で言うと、久々に堤真一の真価が充分に発揮される作品を観た気がする。あの、「どっちつかずでありながら正義っぽい」感じ。 大体、この作品で一人二役を演じる役者達は、その設定において既に異なる人格を切り分けて、あるいは重ねて魅せなければならないのだ。 そういう点で、「どっちつかずでありながら不正な」感じを、自然に見せたのが田中哲司。TVにおいても、地味な役にも存在感漂う人である。 そして、「さすが!」なのは松尾スズキ。なんだろう‥「声」にこもる演技力で50%は持って行かれる。どんなに変質的な人間を演じても、不気味な感情のどこかに共感の感情の流れを創り出してしまうような不思議さ。 さらに、小泉今日子。ここのところの彼女の活躍を裏付けするような、着実で堂々たる演技だった。「キョンキョン」なんて、もう呼べない(苦笑)ただ、彼女の「潔さ」は、常に彼女の活躍を支え続けているように思う。 ストーリーを一口で語るのはご勘弁いただきたい。ただ、「現代」と仮説の「近未来」が混じり合う。近未来にも、荒む生活の中から市民運動で盛り上がった時代と、土星人との戦争で概念が変わってしまったその後の時代の二つがあって、それら三つの時代が、それぞれの背景に従う「人々の性」を抱え込んで交錯する。 でも、きっと、答らしきものは、舞台のラストシーンに隠してあっただろう。愛撫から発せられた嬌声を耳に、笑みをこばしながらトウモロコシをほお張る粗末な身なりの老人。そして、彼の伝えようとした伝言を人々の無意味な笑いがかき消してしまう様。 人の解釈でなく、一人一人が感じて、 それを、自分の中で、どう消化しようとするか、なんだろう(難) 〜「労働者M」 2006.2.14 シアターコクーン −WOWOW O.A− 〜 |
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Cacaoさん! ケメさんの舞台は何が |
メイママ URL 2006/07/31 02:27 |
メイママさんにとっては古いネタへ、レスをさんきゅーです。 |
Cacao 2006/08/01 22:04 |
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