私を生かすRipple

アクセスカウンタ

zoom RSS 松本健一 【砂の文明・石の文明・泥の文明】

<<   作成日時 : 2007/01/07 00:42   >>

面白い ブログ気持玉 1 / トラックバック 1 / コメント 2

画像本というのは、ありがたいものです。人様が長年研究し考え続けてきたことを、こうして部屋でぬくぬくしながら、一つの文明(文化)論として、自分の中で受け留めることができるのですから…
タイトルに惹かれた本でしたが、基礎的な考え方としては、私には十分興味深いものでした。


本書から内容を拾ってみます。→こちらはamazonの「なか見!検索」


#文明と文化について

(P.51)
文明とは普遍的なものであって、非常に使いやすいものである。それゆえ文明は、一つの民族や地域に固定することなく、グローバルに浸透してゆく。

しかし、翻って言うと、普遍的なものというのは、常に次の新しい普遍的なものに取って代わられる可能性がある。だから、「文明は普遍的ではあるが、それゆえに必ず滅びてゆく」ものである。それに対して文化は、その民族の生きる固有のかたちだから、それぞれの時代の文明に応じたり、あるいはもっと時代に合ったかたちに変容することが必然化される。そのため、「文化は変容しつつも滅びない」のである。


#ヨーロッパを中心とする「石の文明」について

(P.92)
そのような痩せた土地だから、農耕・牧畜を可能にするには、一生懸命に土地や自然の開発をすることが必要とされたのである。

だから、ヨーロッパにおける開発というものは、常に破壊をはりつかせている。もともとある自然を変えていかなければならない、と考えを巡らすわけだ。

(P.96)
こうして牧場を広げていくと、フロンティアの精神が顕著になる。それによってヨーロッパが発展するためには、ヨーロッパ外に進出しなければならない。

西欧の近代は、そういう意味で「外に進出する力」というものを文明の本質として持つようになったのである。


#アラブ・イスラム圏を中心とする「砂の文明」について

(P.104)
砂漠の土地は何も植物を生み出さないから、そこに人間が定住することは不可能に近い。

そこで、生活の糧はどうするかといえば、最初は砂漠の唯一の輸送手段であり、それゆえに財産となるラクダの遊牧である。そして、そのラクダを用いて、砂漠のうえを商隊を組んで縦横無尽に移動し、交易に従事するしかないのである。

アジアにあるものをヨーロッパに持って行けば、あるいはヨーロッパにないものをアフリカから持っていけば、(略)それぞれ売買が成立する。これを港ごとに、どこに行けば何が高く売れる、というように情報を集め、それをネットワークする力をそれぞれの部族が持つ。

(P.117)
この移動型の遊牧民のエーストに「アラー・アクバル(神は偉大なり)」がのイスラム教が根を下ろしたのである。


#温暖湿潤なアジアに見られる「泥の文化」について

(P.120)
泥の文化は、泥土が多くの生命を生むという事実の上に成り立っている。生命、生物がたくさん生まれるということは、本居宣長ふうに言えば「畏(かしこ)きもの」としてのカミ(神)がたくさん生まれてくる、ということだ。とすれば、命を生む、人知を超えた畏るべき力を持っている根源は泥である、という世界観になる。人間も、その中から生まれてくる。

なお、ここでいう「畏るもの」とは、ゴッドではなく、小さくとも人間を超えるような力を持っているもの、という意味だ。極論すれば、人間を倒すこともできるような病気や、人力を超える天然の恵みも天災も、そうである。

(P.138)
泥の神、水の神は、その土地に豊潤を約束する。それゆえに、人々はその土地に定住して、なんとか自然=神からの恵みを受け、それを有効に利用しようとする。


* - * - *

本書では、これらを受けて、「泥の文化」の中にある日本独自の文化に言及し、わずかながら、これから(「9.11後」)の世界の文明の在り様を探ろうとしています。

具体的な「解」は見えません。私も少しは考えてみましたが、この本の中で語られる文明の差を掘り下げるほどに、それは、いっそう難しい作業になってしまうのでは?とか。
ただ、自分の中でも、米国の影響を大きく受けざるを得ない現状と、自分のDNAが保持している何かが、葛藤しているというか、せめぎ合っているというか…自分なりに方向性を見つけないことには落ち着かない、もっと言うと、進めない気がする日々が続いているので…これについて、今、もう少し時間をかけてみたいと思っています。

ちなみに、↓の文は、私にとってKeyになるかもしれません。

(P.199)
いま、アメリカの「外に進出する力」は、世界を一つにすれば、人間はみな豊かになり、幸福になれる、というグローバリズムの戦略を展開している。じっさい、世界の経済、金融、情報は一つになりはじめている。
しかし、人間が生きているのは、あくまでもそれぞれの風土である。それゆえ、シンバイオシス(共生)という生物の世界の論理を、アジアの風土、「泥の文明」の中から理念として改めて掴み出してみる必要がある。
 

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
面白い

トラックバック(1件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
「秘境アマゾン巨大文明」からの伝言?
「秘境アマゾン巨大文明」というTV番組を見ました。(3/19にはBS-iにて放送とか)あの、アマゾンに文明の跡が次々と見つかっているらしいのです。世界中の研究者達が注目する中、日本も2005年から3年間かけてボリビアとの合同チームで調査を開始し‥その成果の一部がこの日視聴者に公開されたのです。 ...続きを見る
私を生かすRipple
2007/01/07 00:45

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
またまた「う・・うぅ〜〜ん!」と
新しい刺激を受ける予感が・・笑
今日の予定の中に・・
散歩の途中でこの本を買うこと・・と入れます

砂 石 泥・・
もうこれだけでやきものの歴史をたどってるみたいでもあるのです
噴火のマグマが・・石になって砂になって・・そして泥になる
この三つの特性はまったく別物のように違うんだけど・・根っこは一緒なんですね

陶磁器の磁器は石のやきもので
陶器は泥のやきもの
風合いという・・いわば偶然の賜物が泥の陶器にあって・・石の磁器にないってあたりは
神の恩寵との共生なのかも・・笑

磁器は作為の完全を追求するけど
陶器は・・ここから先は自分の手に負えないという意味での風合いに頼むところがあるんですよね マイセンには風合いは不要

色々考えるチャンスのありそうな本・・
楽しみにします
今年もいっぱい刺激をいただけますよう
よろしく!・・ですよ
Kamada Tetsuya
URL
2007/01/09 10:03
Kamadaさん、刺激の予感ですかぁ。
なら、私の今年のノルマは達成?(苦笑)

>磁器は作為の完全を追求するけど
陶器は・・ここから先は自分の手に負えないという意味での風合いに頼むところがあるんですよね

そうですよね。
私のこの本を読んでから、頭の中でマイセンと備前なんかを思い浮かべてました。

>この三つの特性はまったく別物のように違うんだけど・・根っこは一緒なんですね

そして、おっしゃるように、(人間も)個性はあっても、ルーツは似たものであることを忘れないでいたいと思いました。
 
Cacao
2007/01/10 21:07

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
松本健一 【砂の文明・石の文明・泥の文明】 私を生かすRipple/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる