今年聴いた新作の中では、私のベスト1としてもよいかもしれません。タイトルに惹かれ先行予約をしてからも、commmonsのMLにて届いた紹介文などで期待は膨らむばかりでしたが、それを裏切らなかった。いや、軽く越えてました。 「藍は青より出でて…」という言葉がありますが、音楽の「BLUES」→BLUE→日本語にして「青」→「藍」→そして「たであい」(藍(アイ)の別名、「蓼藍」) そういう気持ちで作られたアルバム。彼の中から表した、「和」の国のブルース。 色々なエッセンスが気持ち良く配合され、融合して調和してます。 さらさらとしっとりと…鈍い痛みと、すべて包み込む彼の声と…さりげなく幾重にも重なる音色と、ただ耳元で穏やかに鳴るような単音…etc その中核に在る「詩」に、純文学の匂いのするのが、とてもいい。 タデは辛味があり、「たで(蓼)食う虫も好き好き」というコトワザもあるので、「たであい」→「辛いアイ」と無理矢理引っ掛けても、なんとなく収まりが良い気がします(笑) LITTLE CREATURES(リトル・クリーチャーズ)のVocal&Guitarを中心に、さらにはソロプロジェクト「KAMA AINA」(カマ・アイナ)で様々な活動、リリースもしてきた彼だけれど、「青柳拓次」名義のソロ・アルバムは初めてらしく、 これは、レヴューしたばかりの Steveの初ソロ"Slope"と少し似てます。 共に、少なくない年月の積み重なりから生まれ出たものだと想うと、 奥底にしっかりとしたメッセージを響かせつつ、完成度が高い作品であること…うなずけます。 それにしても、幸宏さんの野外Liveで LITTLE CREATURES が聴けて、そこから、教授のcommmonsを経て、 このアルバムに辿り着けたこと…感謝です。 しかし、同じ「TONE&CO.,LTD」には、大好きな歌姫、畠山美由紀、フラメンコ・ギターの沖仁、そして弦の達人、高田漣も所属。無意識のうちに引き寄せられているようですね(苦笑) 少し、詩を抜粋。 島の夜道をあるこう のら犬が まどろむ 眠るハイビスカスが この夏の かたまりのよう 突然のようだけど 弦は切れるもの ただ…… 歩く木が風にゆれ ぼくたちを なだめる 首すじを照らす月 すれ違う サンダルのおと 琴のように和音を奏で 過ごした 日々よ 〜「弦二本」by 青柳拓次 より〜 ※尚、全ての歌に大谷賢治郎さんの英訳付き。これ、面白いですね。 【たであい】(試聴あり)→ 01.映してながめる02.花茶 03.絵本 04.南のおんなのひと 05.詩をみつけたとき 06.お囃子 07.水あそび 08.右耳 09.眉はしずか 10.弦二本 11.クロの車 12.藍色こえて --- ■NHK-FM "LIVE BEAT" 2007/11/21(水)23:00〜24:10 青柳拓次 Live O.A --- *** commmons newsletter vol.58 より ライター 川口美保さんのライナーノーツ *** ※長文ですが、本人の言葉も拾いつつ興味深い内容 「藍色に託す想い」 このアルバムの中を流れる想いの深さは、アメリカ人にとってのブルースがそうであるように、ブラジル人にとってのサウダージがそうであるように、私たち日本人にとっての、故郷への感慨、であろう。 日本語の歌詞と、アジアの楽器と、私たちの生活とが、これほどに無理なく自然に組合わさった、美しくも懐かしく、不思議な安心感を与える音楽は、今までの日本の音楽には、おそらく、見当たらない。 これは、リトル・クリーチャーズのデビュー以降、ダブル・フェイマスやソロプロジェクト、カマ・アイナなど、様々なバンドや名義で音楽を発表し続けてきた青柳拓次が、自らの人生すべての年月の流れの中において辿り着いた、ひとつの地平だったのだ。 彼は東京で生まれた。70年代前半。日本は高度成長期真っただ中で、開発されては新しい建物が建てられる東京は、彼にとって故郷でありながら、その土地との繋がりが見つけられない場所でもあった。 いつしか青柳拓次は旅人となった。音楽家としても個人としても、ヨーロッパ、ハワイ、アジア、各国の島々、そして日本の各地へ、その土地を訪れ、空気に触れ、そこで奏でられるメロディを、歌われる歌を聴き、自らもその土地の中でともにギターを奏で、歌った。人々の生活において音楽がどのように存在しているのか、日々の喜びや哀しみを抱えながら生活する中で、人々はどんな音楽とともにその人生を送るのか。彼は自分が知らない様々な場所を旅しながらも、そこに共通の何かをいつも求めていた。懐かしく胸を締めつける何か。それは東京にないものを探す旅ではなく、おそらく自らの生まれた場所にもあったはずのものとを結びつけていく旅だったのだろう。 リトル・クリーチャーズのデビュー以降、ダブル・フェイマスやソロプロジェクト、カマ・アイナなど、様々なバンドや名義で音楽を発表し続けてきた青柳拓次が、こうして、初めて自らの名前で、すべて日本語の歌詞でアルバムを出すに到ったのは、そのすべての年月の流れの中においてのひとつの地平だったように思う。 ★ ↓ここら辺から青柳氏自身の言葉 ★ 「何から話せばいいのか」と、青柳がこのアルバムについて言葉を迷わせるのも無理はなく、彼は自らが歩んできたことすべてを少しずつ思い出すかのように、こう話す。 「今回の作品というのは、いろんなタイミングがすべてこう合わさってしまったという不思議な経験のような感じがあってね。例えば、10年前からブックワームというのをやって、日本語の表現とか作品に出会って、日本語についてずっと考えてきた自分であったり、音楽的な話だと、ここ数年、西洋楽器と違う響きを持ったアジアの楽器に惹かれていたこともある。あとは、外国も行きつつ、日本もいろいろツアーして、京都である強烈な体験をしたこともある。 それと、日本語で青柳くんが歌うのを聴きたいなと言ってくれる人たちもいたり。自分もここ数年、日本の音楽もたくさん聴いてて、自分が日本語での表現をどういうふうにやれるかについて考えてもいたから、そういうすべてのことがこのタイミングで重なったというのがあると思う」 中でもひとつの大きなきっかけとなった京都の体験は、2003年の夏、カマ・アイナのツアーでだったという。その空き時間、京都の街中を歩いていたら、地元の祭りが行われていた。町家の並ぶ道の両脇に灯籠が並べてあり、夜の中に光が灯り、出店が出て、浴衣を着た人たちが歩き、子供たちは花火をして遊んでいる。そんな風景に出くわしたのだと。 「そういう中を歩いていたら、家の軒先に浴衣を着た地元のおばさんたちが20人くらい並んで歌を歌っていた。 『待ちぼうけ』とか『みかんの花の咲く丘』とかをピアノに合わせて歌っていて、それは観光客に聴かせるというよりは、そこの町内の催し物で、その風景が強烈に美しかったんだ。まるで映画のセットの中にいるかのような感じで、 日本の音楽と、その土地と風景とが、完璧に組合わさった形をそこに見たという気がした」 それは青柳が旅に求めた風景でもあった。沖縄でもアイルランドでもハワイでもいい。生活の場所に人々の生きた歌があるということの当たり前の凄さを、彼は今までも何度も目にしているはずだった。しかし、この京都で出会ったものは、そのすべてを越えて彼の中に入ってきた。 「それはおそらく、歌っている曲がまるごと全部わかるっていう感覚だったんだろうと思う。曲も知ってたし、すべての歌詞が日本語で、美しい情景の中だったから。その『すべてがわかる』っていう音楽体験って、もしかしたら小さいときにあったくらいなのかな。そういう感じのことを自分がちゃんと感じれたことが嬉しかった。本当のみんなの歌というのを見れた感じがした」 他の言語でもなく、島の方言でもなく、日本語で歌が日本に生きているということ。 「その体験がのちに、ということは、自分が人の前で言葉を発して歌うときには、相手が日本人の方たちであれば、 すべて、言ってることは伝えることができるんだと思ったきっかけとなった」 彼はそう続ける。 「それともうひとつ、沖縄の友達で日本の古い本や詩が大好きな人がいて、その彼が、今の日本の音楽を聴いても、どうしてもそこに救われない自分がいつもいるということを言ったのね。その言葉になんかドキッとしちゃって。ああ、俺もそうだなって思って」 アジアの楽器に惹かれていた時期でもあったから、彼はそういった楽器の入った日本の音楽を探していたという。 「でもなかった。フォークミュージック的な音楽にアジアの楽器が乗っている形のものをずいぶん探していたんだけど、昔のフォークの人たち、例えば高田渡さんとか僕もすごく好きなんだけど、その部分はなかったと思うし、自然にそういう楽器がアレンジの中にいるっていう音楽を普通に聴きたいという気持ちがあって、そういう音楽を作りたいとも考えた」 「それは邦楽を捉え直したいという気持ちだった」と青柳は言う。 「和の世界でもJ-POPの世界でもない、自分が見ている邦楽の世界。そこにアジアを含めて外国のいろんな場所に行って感じた共通点というか、クロスポイントがあるような気がしていて」 しかし、それは決して無理して作るものではなかった。 「構造が面白くて聴かせるとかそういう作品じゃなくて、ふわって出てきたものを形にしたいという気持ちがあって、そういうものが自分にとっても一番いいんじゃないかなと思った。だけど、今までずっと英語で歌ってきたでしょ。 それはやっぱり言葉の持つリズムとか響き的なところで、西洋楽器を選ぶように言葉も選んでいたところがあって、だから自分の日本語で書く詩というものと音楽との折り合いがなかなかついていないところがあって……。 でもそれがあるときから、音楽的にも日本を含めたアジア的な音楽ができそうだなって思ってきたことがあって、自然な高まりの中で、音楽が出来てきた。 でもそういうふうに曲を作れたり、言葉に出会えるようなオープンな感じになったのも、ホントに最近のことで、それは、ある時期に、言葉や音、絵でも写真でも、そういうものは自分で作り出しているのではなくて、世界から受け取るものだと思ったというのがすごく大きいかもしれない」 「だからこのアルバムは、こういうふうにできてしまった、としか言いようがなくて」、そう青柳は苦笑する。 「この作品は自分が35年やってきたことの中での矛盾が限りなく少ないアルバムのような気がしてる。一曲一曲すべて自分の好きないろんな国のフォークミュージックのギターの弾き方をやっていたりとか、それにアジアの好きな楽器を乗せたりしていて、それは言葉の面でもそうだし。でもこういう世界が作品として日本に足りてないんじゃないかなと思って、こういうのがあった方がいいんじゃないかなって思って」 ゆだねて出てくるもの。世界はそこにあって、その中のひとつとして自らがいることによって小さな波が立ち、何かに影響して、影響されて生まれた微かな音を、聴き逃さないようにメロディにして言葉にしていくようなこと。だから、 音が、言葉が、世界から切り離されていない。「自分はここにいる」と主張する音楽ではなく、世界、その全体の一部分として、自分がそのままここに抱かれている、という感じ。それは個として考えればちっぽけであるように思えるが、それは個と世界を対立させているからであって、だからどんどん人は孤独になる。 しかし彼の感じる音楽は、すべて世界の中の一部として存在しているから、言葉も、音も、人間も、そこにある哀しみも喜びも、みんな影響して、繋がっている。青柳が紡いだ音楽は、そういう音楽であり、だから聴いていると不思議と心穏やかになる。 それは青柳が京都で見た音楽も同じなのかもしれない。土地の風土と気候とそこに適した生活とそこに住む人間と祭りとか行事とかがちゃんと繋がって、そこで自然に歌があるようなこと。そういう無理のない風景は、人を安心させる。 おそらく、人間もそこでは、そのままの、ただの一部に戻れるからではないだろうか。 このアルバムの最後にはこんな歌がある。「藍色越えて」、その歌詞はこうだ。 南へ歩けば 北にぬける 左へ走れば 右につづく 女にふれれば 男にであう 言葉にかくれた しずけさを聴く そういう相反するものがすべて本当は繋がっている。それこそが世界であることを、青柳は旅をしながら、様々な土地に出会いながら感じてきた。そして歌は続けるのだ。すべてが繋がったその世界を、「我が家」であると。 帰ろう我が家へ 藍色こえて 青柳は言う。 「例えば、黒人にとって、まあ、黒人に限らずだけど、アメリカにはブルースというものがあって、ブラジルにはサウダージという言葉がある。じゃあ、自分が感じる、この何とも言えない気持ちというのをなんと表そうかと思ったときに、藍色という言葉に託そうと思った。自分がいろんなところ行って出会ったアジアの藍染めとか藍で絵付けされたお皿とか、実際に琉球藍の藍釜とかを見ていると、この色になんか自分のなんとも言えない気持ちがあるような気がして、それにもしかすると、日本の人、もしくは藍の文化がある国の人たちは何かそういうものを感じとることがあるのかもしれないなって思ったんだ」 アルバムのタイトルは、その藍色を作り出す藍染めの原料の草の名、蓼藍を平仮名で、「たであい」と付けられた。 海の色でもあり、空の色でもあり、地球の色でもある、不思議な静けさとおおらかな優しさと途方もない深さを持つ藍の色。 もしその色を、アメリカ人がブルースと、ブラジル人がサウダージというならば、私たち日本人にとってそれは、帰る場所、故郷への感慨、つまりは「我が家」への想い、であるような気がする。 だから土地との繋がりをなくして久しい東京であっても、藍色のその歌は、懐かしく心を響かせる。そういうふうな世界に生きていることを、そんなふうに故郷に帰っていくことを、おそらく私たちは心の奥で望んでいる。 川口美保 *** 根音楽愛聴家・松尾伸也さんのこんなシンプルな記事も→ *** |
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commmonsから送られてきたものは、流し読みしていたんですが、こちらのエントリーを読んで、タワレコからネットサーフィンしてbounceを全て読みました。 |
存在する音楽 URL 2007/11/11 10:40 |
存在する音楽さんへ |
Cacao 2007/11/12 17:03 |
はじめまして Cacaoさん |
ebisu URL 2008/01/27 11:35 |
ebisuさんへ |
Cacao 2008/01/28 17:02 |
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