立原道造の詩から 【浅き春に寄せて】

今は 二月 たつたそれだけ
あたりには もう春がきこえてゐる
だけれども たつたそれだけ
昔むかしの 約束はもうのこらない

今は 二月 たつた一度だけ
夢のなかに ささやいて ひとはゐない
だけれども たつた一度だけ
そのひとは 私のために ほほゑんだ

さう! 花は またひらくであらう
さうして鳥は かはらずに啼いて
人びとは春のなかに笑みかはすであらう

今は 二月 雪の面につづいた
私の みだれた足跡……それだけ
たつたそれだけ――私には……


立原道造(Tachihara Michizo)1914-1939
 「浅き春に寄せて」(詩集「優しき歌 Ⅰ」)~


* - * - *

好きと言う以上に‥自分の感覚を丸ごと・・・この人の詩は含んでいる気がするのです。
選んでおいて無責任ですが・・・『春なんて全然きこえない!』
 

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

J
2006年02月06日 23:55
>だけれども たつた一度だけ
>そのひとは 私のために ほほゑんだ

一度だけでもほほゑんでくれた、というのは良いですね。

一度だけだからこそ、逆にそれがpreciousなものとして、一生胸に抱いて行きたいものとして実感できるのかもしれませぬ。

一度たりともほほゑんで貰えずに終わる人も多いのだから。

素敵な詩ですね。
miyavilog
2006年02月07日 18:58
立原道造の詞はたいして知りませんが、ケンチク家として立原道造、また彼が設計したヒアシンスハウスなどは興味深いですね。
madam.M
2006年02月08日 16:40
若くして亡くなった詩人の晩年?に暮らしたいと手紙に添えられた図面から再現して建てられたヒヤシンスハウス。
(正確な知識ではない)その小さな家は、わずかワンフロアーで、どう見ても納屋。まさに「たったそれだけ・・」です。その才能は、はかりしれず。(苦しい言い訳)
Cacao
2006年02月08日 22:48
Jさん、miyavilogさん、madam.Mさん、コメントありがとうございます。

Jさんへ
"precious"う~ん、久々に"Lord Of The Ring"見たいかも(笑)素敵かどうかは判らないのですが、この方も幸宏さんと同じく♪I'm inside looking out.And waiting Still waiting‥(by "Ripple")というような、おんなじ匂いがする方のような親近感。

miyavilogさんへ
ヒアシンスハウス(風信子荘)
http://www.tachihara.jp/info2-8/index_1.html
madam.Mさんもおっしゃってますが、こじんまりとした‥部屋と言った方がよいお家で…

 僕は、窓がひとつ欲しい。あまり大きくてはいけない。そして外に鎧戸、内にレースのカーテンを持つてゐなくてはいけない、ガラスは美しい磨きで外の景色がすこしでも歪んではいけない。【略】僕は室内にゐて、栗の木でつくつた凭れの高い椅子に座つてうつらうつらと睡つてゐる。タぐれが来るまで、夜が来るまで、一日、なにもしないで。【略】
Cacao
2006年02月08日 22:50

(続)
なんて書かれているらしいですが、
無駄なく自分の心地良いものに集中したのかな?と思います。

madam.Mさんへ
記念館へも行って来たのですが(苦笑)スケッチやミニチュアの模型を見てる分には、かわらしい家なのですが、周囲の景色と完璧に同調できないと、かなり淋しい感じになってしまいますね。
 
hamamo
2006年04月30日 00:00
立原道造の詩が目に入ったので...
うーん、やっぱりなにがいいのか分からないという先入観があったのですが、ちょっと変わったかもしれないです。

でも、今日ずっとみていて、ようやく理解した部分がありました(一人合点ですけど)。長い間のなぞが、自分なりに解けました。。

くわしくは自分の所で書きます。

Thanks.^-^
Cacao
2006年05月02日 13:54
ここではお初ですね、hamamoさん

>長い間のなぞが、自分なりに解けました。
長い間‥ですか。「ただ、好き」な、私って楽してますね。少しでも合点が行って良かったですね。

>くわしくは自分の所で書きます。
読みに伺います~
 

この記事へのトラックバック