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zoom RSS 松岡正剛 著 「世界と日本のまちがい」

<<   作成日時 : 2008/03/16 18:12   >>

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画像私には添えられた"The Errors of Nation State"という言葉の方が重く残ったし、この挿絵が、あらためて切なかった。ひたすら直線で区切られたアフリカの国々…

450頁以上の、この本
不勉強な自分を思い知るにはちょうどよかった(苦笑)
そして、日々、耳元に念仏のように吹き込まれる「グローバル」という言葉。それに居た堪れない私を、夜な夜な救ってくれるところもあった。

しかし、「救い」…著者なりの改善策が具体的に示されているわけでは、当然…ない。
ただ、おしまいに「存在なきプレゼント・アブセンティーズになってほしくありません」とある。「プレゼント・アブセンティーズ」とは、「そこにいて、そこの不在者になっている人」という意味だそうで、

この本の途中(p.386)、
ネーション・ステートがいよいよ最後の姿をとりはじめたということです」とあり、「個々の顔がない【大衆】が大多数を形成し、政治から経済まで、すべてが大衆に媚を売らざるを得なくなった」、「国家が大衆の大きさにしかなれなくなってしまった」
と、いうような表現と照らし合わせた時、
まだまだ不明瞭ではありながら、質感を持って感じられるメッセージだと思えた。

多くの人が、
ダーウィンの進化論を素直に信じるのと同様に資本主義を良しと考えてきたように、
(主にアメリカにより)次々と展開される合理的な理論を、何にでもそのまま、
教本のように受け入れ、当てはめようとしていることに…
少し立ち止まり、
ネガティブというより…多様な見方で接してみる必要がある気がしてきた。
少なくとも、
「主権在米の日本」…のような表現を安易に免罪符に使って、現状から視線を逸らしてばかりではいけないのだ、と。

少し話は逸れるが、
昨年CLUBKINGがiTunesで配信してくれた高橋幸宏×高橋靖子「午後3時のトークショウ―表参道物語―」を聴いた時、
『(当時は、)何と希望にあふれていたことか』また『自分を始点に周りも楽しませようとしていたのだなぁ』とドキリとしたのだけれど、
時代が全く違ってしまったのを差し引き、アメリカのポジティブ、日本のネガティブな傾向性を考慮しても、
今の私達は、日本は、あまりに何かに依存、追従することに慣れ過ぎてしまい、自身で解決し、リスクを変換する力を失ってしまっている気がする。
無責任な大衆にならない努力をしなければ…
 

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 厳しい環境がいつの時代でも、大きな口を開けて待ち構えている。がむしゃらに抵抗し、怖じけず挑戦し、粘り強く克服し、継続は力で、生き続けていくのは並大抵のことではない。  これは人間の世界だけに当てはまることではない。地球上の生命体がすべて、ひたすら苦境に立ち向かって、あるものは勝者として生き残り、反対に押しつぶされて消え去ることもまれでない。  地球環境は温暖化が問題視されている。CO2の排出をいかに削減するか、先進国だけでなく発展途上の国も巻き込まざるを得ない。ありとあらゆる技術開発... ...続きを見る
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